映像翻訳|海外のテレビ番組や映画の映像翻訳を仕事にするための学校です。多くの修了生、受講生がドラマ、アニメーション、ドキュメンタリー番組など多方面で活躍しています。

日本映像翻訳アカデミー|発見!今週のキラリ☆日本映像翻訳アカデミー|お薦めの映画を紹介!今週の一本

「脱コツコツ・モラトリアム〜きっかけはキラリ☆から!」  by 杉田洋子

いつぞやのピンクじゃないが、コツコツというのはおよそ私と縁のない言葉だ。
小さな頃から短期集中型。独立した小さなゴールを切っては次のゴールへ突き進
む日々。とりわけ大学に入ってからは、電車を片っ端から乗り継ぐように、刹那
的な生活を送ってしまった。おかげで後ろを振り向いてみても、通ってきた道が
分からない。

そもそもコツコツってどういうこと?コツコツ稼ぐ、貯金する、運動する勉強す
る、何かを集める…。誰に言われるでもなく、義務でもないけど、ためになる何
かを地道に続けること。とにかく、この“地道”というところが私の最も苦手と
するところだ。続けてることはあっても、コツコツというのとは違う気がする。

そんな私がここ数年、少なくとも毎日チェックし続けてきたものといえば、フィ
デル・カストロの健康状態と“ブログ”くらいだ。中でも、私はかなりのグルメ
ブログ好きで、いくつもお気に入りに登録している。
一度はグルメリポーターを夢見た私の見る目は、かなり厳しい(つもり)。やが
て選考の基準にも一貫性が出てきた。オンライン辞書の登録数を凌ぐライバルブ
ログたちを退け、お気に入りの座にとどまり続けるための第一条件…。それが、
“毎日更新している”、ということなのだ。クリックするたびに新しい記事がト
ップに現れるのだから、こちらとしても気合いが入る。ちなみに第二が写真の充
実度。第三が情報の充実度と視点である。

ブロガーたちは、その道にかなりのこだわりを持つ独学専門家だ。基本的に他者
の圧力を受けず、自由で正直な感想をつづるが、もちろんマナーも心得ている。
やがて同系統のブロガー間で尊敬を集め、その道のカリスマとなっていく者が現
れる。コメント欄や引用部にも、ブロガー間のパワーバランスが見て取れるほど
だ。この空気が、ますますその人のプロ意識や責任感をあおる。時にはそれが本
職となる者さえいる。もはや完全に自己プロデュースの世界である。

半職業くらいの勢いで毎日店に通い、箸を取る前にカメラを構え、地理情報やメ
ニュー、価格帯をリサーチし、所感や他店との比較研究を世に発信し続けるブロ
ガーたち。決して個人の感想に終始せず、読者の知りたい情報プラスαを網羅し
ている。彼らの日常的な研究の成果が記録されたブログは、人生の論文と言って
も過言ではない。

自分で吸収して満足するのではなく、世の中にそれを発信していくこと。自分の
持てる知識を共有すること。そのためにコツコツと経験を積むこと。振り向けば、
くっきりと道がある。これぞ憧れの大人像である。

そんなわけで、今のところ他人のコツコツに乗っかって、コツコツとブログを読
み漁る日々が続いている。
「泳ぐこと、泳ぎ続けること」 by 桜井徹二

僕は物事を判断したり納得するのに、人一倍時間がかかるほうだ。そして日々の暮らしの中でやりたいこと、やりたくないことがわりとはっきりしている。だから新しいことにあれこれと挑戦するよりも、1つのことにじっくりと取り組むほうが性格的に向いているし、これまでも実際にそうしてきた。

その1つが水泳だ。8年前からプールに通い始め、それから短い中断期間をはさみながら、平均して週に4〜5日ほど泳ぎ続けてきた。完全に独学なので、はっきり言って大したスイマーではない。でも8年間、誰に頼るでもなく自分1人の力でこつこつと泳ぎ続けてきたことは、僕にとって数少ない誇るべき事柄の1つだ。

今では1〜2キロくらいならあまり苦もなく泳げるけれど、8年前にジム通いを始めた頃は、クロールに関しては15メートルも泳げなかった。僕は間違いなくカナヅチだったのだ。子供のころは、水泳の授業が何よりも嫌いだった。

しかしそれなりの大人になったころ、ふとした思い付きでジムに通い始めた(今となってはその理由ははっきりとは思い出せない)。僕は泳法を解説したテキストを熟読し、上手な人の泳ぎを観察し、何より足しげくプールに通うことで、徐々に正しい泳ぎ方を身につけていった。土台がほぼゼロだっただけに、泳げる距離は着実に伸びていった。大人になってからでも日々目に見えて成長できることがあるという事実に、心底驚かされた。

ある程度泳げるようになったころに、熱が冷めかけたこともある。だが改めて泳ぎ方を変えてみたり、より高度なテクニックを取り入れてみると、そこにまた新たな地平が開けた。そうしているうちに気が付けば8年が経ち、今では泳ぐことは僕の日常の一部となった。

水に入ると、まずはその日の調子を確かめるためにゆっくりと泳ぎ始める。そして今日も大丈夫だ、とわかると少しずつペースを上げる。泳いでいる間、聞こえるのは水の音だけだ。手足は淡々と一定のリズムを刻み続ける。

もし物好きな誰かに「なぜ泳ぐのか?」と問われたとしたら、迷わず「楽しいから」と答えるだろう。健康維持のためでも、やせるためでも、筋肉をつけるためでもない。そこはかとなくシンプルな理由だ。でもそれが一番大切なことだと、ひそかに思ってもいる。

* * *

先月よりMTC(旧・翻訳センター)のメンバーとなりました。どうぞよろしくお願いします。ちなみに水泳についてはMTCで勤務を始めてからは一時中断していますが、近々再開するつもりです。

「2駅先で下車のすすめ」 by 柳原須美子

私の家には車がありませんでした。そんな我が家の主な移動ツールは自転車。休日に出かける時は、家族全員で自転車にまたがり、田舎道を思い切り占領しました。そんな休日は大抵、行き先を告げられることなくスタートします。私は補助輪のついた自転車をこぎながら、知らない道をグングン進んでいく父親の後ろ姿を眺めていました。“家に帰れなかったら、どうしよう。お父さんは、ちゃんと道を覚えているのだろうか…”とドキドキしながら。父親は、不安な表情を浮かべる私を気遣ってか、“だーいじょーぶだー”と、志村けんのモノマネをしてくれたりしましたが、私はいつも泣きそうになりながら自転車をこいでいました。

しかし、大人になった今、お気に入りの休日の過ごし方は“知らない場所を歩き回ること”。子どもの頃、散々怖がっていた“知らない道”や“行ったことがない場所”に興奮を覚えるようになりました。両親が私の潜在意識に刷り込んでくれた“ウキウキ感”を楽しませていただいております。
先日、通勤電車から見えた“森”に行ってみました。上京する前は、“東京には緑がないんだろうな…”と思っていたのですが、これが結構あるんですね。私が先日訪れたその森は、ある住宅地にあります。その森は、どうしてそこにあるのかよく分からないというか何というか、ある種、異様な存在感を放っています。何年も前からそこにあったはずなのに、ある日突然フワッと生まれたような、そんな不思議な雰囲気に包まれた森。東京の風景からは少し浮いていて、今にも「風の又三郎」が出てきそうな感じ。少しビクビクしながら、私は森に足を踏み入れました。“誰かの所有地だったら、どうしよう…”と不安に思いながら。(心配性なのは、子どもの頃から変わっていないようです・キラリ☆)しかし、森に入った途端、そんな心配は吹き飛びました。湿った空気を胸いっぱい吸い込みリフレッシュ。木の間でキラキラ光る空を仰いでウットリ。そしてその森は、実は私がいつも使っている駅から2駅の場所にあるってことに、何だかびっくり。

休日、何もすることがないとお思いの方、嘆くことなかれです。最寄り駅から2駅先で下車してみてください。そこから見える景色が思わぬ発見をもたらしてくれるかもしれません(私が森で発見したこと、それは木の間から見える空は、いつもより青いということ!)。そして、その発見や驚きが、何よりの癒しになること、間違いなしです。